ベトナム投資法2020が外資参入の「入口」を定める
ベトナムに進出する外国企業がまず向き合う法律が、2020年投資法(Law on Investment 2020、法令番号61/2020/QH14、2021年1月1日施行)です。これは外国投資家がどの事業に、どのような条件で、どの手続きを経て参入できるかを定める基本法であり、現地法人設立や合弁、M&Aによる出資のすべてがこの法律の枠組みのもとで進みます。旧2014年投資法から、参入規制の考え方・手続き・優遇制度が大きく刷新されており、古い情報のまま検討を進めると、許認可の前提を見誤るおそれがあります。
本稿では、2020年投資法の全体像を、外資の参入条件(市場アクセス)、投資登録の実務手続き、投資優遇、そして日系企業が実務で陥りやすい落とし穴という観点から整理します。会社設立手続きそのものは企業法が担うため、両法を一体で理解することが重要です。
外資参入を分ける「市場アクセス・ネガティブリスト」
2020年投資法の最大の特徴は、外国投資家の市場アクセスを「ネガティブリスト方式」で整理した点です。原則として外国投資家は内国投資家と同じ条件で参入できるものとし、例外的に制限される事業だけをリスト化する建付けに改められました。
参入禁止事業と条件付き参入事業
リストは大きく二層に分かれます。第一に、外国投資家の参入が認められない「アクセス禁止事業」。第二に、出資比率の上限、投資形態、ベトナム側パートナーの要否、当局の事前承認などの条件が付く「条件付きアクセス事業」です。これらはDecree 31/2021/ND-CPの付属リストで具体的に列挙され、流通・物流・広告・運輸・教育・金融など多くのサービス業がここに含まれます。
WTO・FTAコミットメントとの関係
条件付き事業の出資比率上限は、ベトナムのWTOサービス約束やCPTPP・EVFTAなどのFTAコミットメントを基礎に判断されます。協定上の約束が国内法より有利な場合は協定が優先されることもあり、自社の業種コード(VSIC)が約束表のどこに該当するかの精査が、参入可否判断の出発点になります。条件付き事業の詳細は、ベトナムの条件付き事業ライセンス制度の解説も併せて参照してください。
投資登録の実務手続き:IRCからERCまで
外国投資家が新規にプロジェクトを立ち上げる場合、企業設立の前に「投資プロジェクト」としての登録が必要です。手続きは概ね、投資方針承認(必要な場合)→投資登録証明書(IRC)の取得→企業登録証明書(ERC)の取得→事業開始準備、という流れで進みます。
投資方針承認(in-principle approval)
一定規模・性質のプロジェクトは、IRC申請の前に「投資方針承認」(chấp thuận chủ trương đầu tư)を要します。プロジェクトの重要度に応じて国会・首相・省級人民委員会のいずれかが承認主体となり、土地利用を伴う大型案件や特定業種で求められます。多くの一般的な製造・サービス案件ではこの段階は不要ですが、工業団地外での用地取得を伴う案件などでは要否を早期に見極める必要があります。
投資登録証明書(IRC)
IRCは、プロジェクトの投資家・目的・規模・立地・期間・優遇内容を記載した、外資プロジェクトの「許可証」です。標準的には申請受理から15営業日程度で発給されますが、条件付き事業や当局の補正要求があると数週間から数か月に延びることも珍しくありません。投資資本の妥当性や事業範囲の記載は、後続のライセンスや増資にも影響するため、申請段階での設計が重要です。
企業登録証明書(ERC)
IRC取得後、企業法に基づきERC(会社の登記証明)を取得して法人が成立します。その後、印章作成、銀行口座開設、出資金の払込(原則として登記から90日以内)、税務登録、必要なサブライセンス取得へと進みます。これらの設立実務は、ベトナムでの現地法人設立の実務で詳述しています。

投資形態:新設・出資取得・BCC・PPP
2020年投資法は、外国投資家が取りうる投資形態を整理しています。第一に経済組織の新設(現地法人設立)。第二に既存企業への出資・株式取得(M&A)。第三に事業協力契約(BCC)によるプロジェクト遂行。第四にPPP(官民連携)によるインフラ事業への参画です。
出資・株式取得(M&A)に固有の手続き
既存ベトナム企業へ出資・株式取得を行う場合、一定の条件下では「出資・株式取得の登録」(M&A承認)が事前に必要です。具体的には、条件付き事業を営む企業への出資、外資比率が一定水準を超える出資、土地関連の権利を持つ企業への出資などが対象です。承認を経ずにクロージングすると名義書換が認められないため、ベトナムM&Aの全体プロセスの設計に組み込んでおく必要があります。
投資優遇とその適用
2020年投資法は、奨励業種・奨励地域への投資に対する優遇(法人税の優遇税率・免税減税、輸入関税免除、土地賃料の減免)の枠組みを定めています。さらに、投資総額が極めて大きい戦略的プロジェクトには「特別投資優遇」を新設し、首相承認のもとで通常を上回る優遇を認める制度を導入しました。
優遇は「自己適用+事後検証」が原則
優遇の多くは事前の個別認可制ではなく、企業が法令上の条件該当を自ら判断して適用し、税務調査で事後検証される建付けです。IRCに優遇内容を記載しておくことが根拠の一つになりますが、業種コード・立地・条件充足を示す資料を整え、いつでも当局に説明できる状態を保つことが実務の要諦です。税制面の詳細はベトナムの法人税と優遇税制で整理しています。
投資後の管理義務と実務上の留意点
IRCを取得して操業を始めた後も、投資法に基づく継続的な義務があります。ここを軽視すると、増資・撤退・M&Aの局面で思わぬ手戻りが生じます。
投資報告とプロジェクト変更
外資企業は、四半期・年次での投資活動報告を当局の電子システムを通じて提出する義務を負います。また、投資額・事業範囲・立地・投資家構成などプロジェクトの重要事項を変更する場合は、IRCの変更登録が必要です。実態が登記と乖離したまま放置すると、後日の手続きで是正を求められ、スケジュールが大きく遅延します。
資本払込・送金と直接投資資本口座(DICA)
外資企業は、出資金の払込や配当・利益の海外送金を、直接投資資本口座(DICA)を通じて行う必要があります。出資金の払込期限(原則90日)を徒過すると、登記資本の減額登録などの手当てが必要になります。送金実務は親会社の資金計画やベトナムの子会社ガバナンスとも密接に関わるため、設立初期から銀行・会計と連携して設計すべき領域です。
投資法と他法令の交差点
投資法は単独で完結せず、企業法(会社形態・機関設計)、土地法(用地取得・土地使用権)、労働法、環境保護法、各業種の専門法と交差します。たとえば工場新設では、投資法のIRCに加え、土地法に基づく土地リース、環境保護法に基づく環境許可、建設法に基づく建設許可が連鎖的に必要となり、どれか一つが遅れると操業開始全体が後ろ倒しになります。
外資が直面しやすい参入の論点
投資法の条文を読むだけでは見えにくい、実務で繰り返し問題になる論点があります。検討の初期に押さえておくと、後戻りを防げます。
出資比率規制の確認手順
外資の出資比率上限は、業種・協定・国内法が層をなして決まるため、「結局何%まで持てるのか」の判断は一筋縄ではいきません。実務では、まず自社の事業をベトナムの業種分類(VSIC)に当てはめ、次にそれがWTOサービス約束やCPTPP・EVFTAの約束表でどう扱われるかを確認し、さらにDecree 31/2021の条件付き事業リストと専門法令の規制を重ねて判定します。同じ「小売」でも、店舗の形態や品目によって追加の経済需要テスト(ENT)が求められることがあり、出資比率と併せて参入条件全体を見極める必要があります。
名義借り(ノミニー)のリスク
外資比率の制約を回避するために、ベトナム人やローカル企業の名義を借りて実質的に支配する「名義借り(ノミニー)」スキームは、実務で見聞きすることがありますが、極めて高いリスクを伴います。名義人との関係が悪化すれば持分や事業の支配を失いかねず、当局に実態が把握されれば違法とされ、投資そのものが無効化される危険があります。参入条件が厳しい業種では、段階的な出資、合弁、事業範囲の調整など、適法な代替ストラクチャーを設計することが、長期的な安全策になります。
投資法の主要論点の整理(比較表)
外資参入の検討段階で押さえるべき主要論点を、旧法からの変化と実務インパクトの観点で整理すると次のとおりです。

論点 | 2020年投資法での扱い | 実務インパクト |
|---|---|---|
参入規制 | ネガティブリスト方式(禁止+条件付き) | 業種コードの該当判定が参入可否の起点 |
投資方針承認 | 規模・性質に応じ国会/首相/省が承認 | 大型・用地取得案件は早期に要否判定 |
投資登録 | IRC→ERCの二段階 | IRCの記載設計が後続手続きを左右 |
M&A | 一定条件で出資・株式取得登録が必要 | 承認前提でクロージングを設計 |
優遇 | 奨励業種・地域+特別投資優遇 | 自己適用+文書化が否認防止の鍵 |
投資後管理 | 投資報告・IRC変更・DICA送金 | 登記と実態の乖離を放置しない |
日系企業が押さえるべき実務ポイント
第一に、検討の起点は「自社の業種が条件付き事業に該当するか」の精査です。ここを誤ると、想定した出資比率や投資形態が取れず、ストラクチャー全体の再設計を迫られます。第二に、IRCの記載内容(事業範囲・投資額・優遇)は後続のすべての手続きの前提になるため、申請段階で先々を見据えて設計することが重要です。第三に、投資法は土地・環境・建設・労働などの法令と連鎖するため、許認可のクリティカルパスを一枚の工程表で俯瞰しておくことが、操業開始の遅延を防ぐ最善策になります。
ベトナム投資法は外資参入の「入口」を定める基本法であり、その読み解き方が進出スピードとリスクを大きく左右します。Solara & Coは、業種該当性の判定からIRC・ERCの取得、優遇の試算、投資後の管理体制の整備までを、日越双方の視点で一貫してご支援します。進出ストラクチャーの初期設計段階から、御社の事業計画に即した最適な参入経路を一緒に描くところからお手伝いします。



