ベトナム進出で「商標を取られていた」を防ぐ
ベトナムに進出した日系企業が、現地で事業を本格化させた段階で直面しがちなのが、「自社のブランド名や商標を、無関係の第三者に先に登録されていた」という事態です。ベトナムの知的財産(IP)制度は、商標も特許も「先願主義(先に出願した者が権利を得る)」を採用しているため、日本で有名なブランドであっても、ベトナムで未登録のまま放置していると、現地の第三者に商標を押さえられ、自社が使えなくなる、あるいは買い戻しを迫られるリスクがあります。
知的財産は、製造業の技術、消費財のブランド、ソフトウェアの著作物など、企業価値の中核を担う無形資産です。ベトナムは2005年の知的財産法を2009年・2019年・2022年と累次改正し、2023年施行の最新改正で国際水準への整合を進めてきました。本稿では、商標・特許・意匠・著作権という4つの権利類型ごとに、出願・登録の実務と、権利を実際に行使(エンフォースメント)する方法を、日系企業の目線で整理します。
ベトナムの知的財産制度の全体像
ベトナムの知的財産は、知的財産法(Law on Intellectual Property、No. 50/2005、最新改正は2022年法・2023年施行)が規律します。産業財産権(商標・特許・意匠など)はベトナム知的財産庁(IP Vietnam、旧NOIP)が、著作権は著作権局が所管します。
国際条約への加盟
ベトナムは、商標の国際登録に関するマドリッド協定議定書、特許の国際出願に関する特許協力条約(PCT)、意匠の国際登録に関するハーグ協定など、主要な国際条約に加盟しています。これにより、日本での出願をベースに、マドリッドやPCTのルートを使ってベトナムを含む複数国へ効率的に権利を広げることが可能です。
4つの権利類型
知的財産権は、保護対象と取得方法が異なる複数の類型に分かれます。商標(ブランド標識)、特許(技術的発明)、意匠(製品デザイン)、著作権(創作的表現)が代表的で、それぞれ存続期間・登録の要否・審査の有無が異なります。自社のどの資産を、どの権利で、どこまで守るかを設計することが、IP戦略の出発点です。たとえば一つの製品でも、ブランド名は商標、内部の技術は特許、外観は意匠、付属するソフトは著作権、というように複数の権利を重ねて守るのが定石です。逆に、守るべき資産の棚卸しを怠ると、模倣されてから「どの権利も登録していなかった」と気づくことになります。
商標:先願主義とブランドの防衛
商標は、ベトナム進出の日系企業にとって最優先で押さえるべき権利です。ベトナムは先願主義のため、「使っているか」ではなく「先に出願したか」で権利者が決まります。
早期出願が最大の防衛策
日本でブランドを確立していても、ベトナムで未登録なら、現地の第三者が同じ商標を出願・登録してしまう「商標冒認(トレードマーク・スクワッティング)」のリスクがあります。いったん他人に登録されると、取り戻すには異議申立・無効審判や交渉が必要となり、多大な時間と費用がかかります。進出を決めた段階、できれば製品・サービスを市場に出す前に、関連する区分で商標を出願しておくことが最大の防衛策です。
登録までの流れと存続期間
商標出願は、方式審査(約1か月)に続いて実体審査が行われ、登録まで実務上18〜24か月程度かかることが一般的です。登録後の存続期間は出願日から10年で、10年ごとに更新でき、適切に更新すれば半永久的に維持できます。指定する商品・役務の区分(ニース分類)の選び方が保護範囲を決めるため、将来の事業展開を見据えた区分設計が重要です。

特許・意匠:技術とデザインの保護
製造業にとっては、技術的発明を守る特許と、製品の外観を守る意匠が重要です。いずれも先願主義で、登録によって独占権が生じます。
特許(発明特許・実用新案)
技術的発明を保護する発明特許は、出願日から20年間の存続期間を持ちます。新規性・進歩性・産業上の利用可能性を要件とし、実体審査を経て登録されます。より簡易な保護として、進歩性の要件が緩い「実用新案(ソリューション特許)」があり、こちらは10年間の保護です。技術の重要度とライフサイクルに応じて使い分けます。出願前に内容を公開してしまうと新規性を失うため、出願のタイミング管理が欠かせません。日本で先に出願した発明は、パリ条約の優先権(出願日から12か月)やPCTの国内移行(優先日から原則30〜31か月)を使ってベトナムに展開できるため、グローバルな出願スケジュールの中でベトナム移行の期限を管理することが重要です。なお、特許の実体審査には数年を要することも多く、登録までの間の保護をどう確保するかも検討課題になります。
意匠(工業意匠)
製品の形状・模様・色彩などの外観デザインは、工業意匠として保護されます。存続期間は出願日から5年で、2回更新でき最長15年間維持できます。消費財やデザイン性の高い製品では、意匠権が模倣品対策の有力な武器になります。
著作権:登録は任意だが実益がある
ソフトウェア、マニュアル、デザイン画、広告表現などの創作的表現は、著作権で保護されます。著作権は、商標や特許と異なり、創作した時点で自動的に発生し、登録は権利発生の要件ではありません。
任意登録のメリット
ただし、ベトナムでは著作権の任意登録制度があり、登録しておくと、紛争時に「誰がいつ創作したか」の有力な証拠となります。とくにソフトウェアやデザインのように権利の所在が争われやすい資産では、著作権登録証明書が立証の負担を大きく軽くします。存続期間は、原則として著作者の生存期間および死後50年です。
権利の行使(エンフォースメント)
権利を登録しても、侵害に対して実際に行使できなければ意味がありません。ベトナムでは、行政・民事・刑事・税関の4つのルートで侵害に対処できます。
行政措置が中心という特徴
ベトナムのエンフォースメントの最大の特徴は、行政措置が中心的な役割を担う点です。市場管理局や専門監査機関が、模倣品の摘発・押収・過料といった行政処分を比較的迅速に行えるため、日本の感覚(民事訴訟中心)とは異なります。深刻・反復的な侵害には刑事罰も用意され、輸出入の水際では税関での差止め(国境措置)も活用できます。民事訴訟による損害賠償請求も可能ですが、立証や時間の負担を考え、行政措置と組み合わせて使うのが実務的です。また、近年はオンライン販売を通じた模倣品の流通が増えており、ECプラットフォーム事業者への削除要請(テイクダウン)も実務上の重要な手段になっています。侵害の態様に応じて、行政・税関・民事・オンラインの各手段を機動的に使い分ける運用設計が、ブランド防衛の実効性を高めます。
ライセンスと技術移転の登録
ベトナムで自社の知的財産を現地法人や取引先に使わせる場合、ライセンス契約(使用許諾)や技術移転契約を結びます。商標ライセンスや技術移転契約は、第三者対抗要件として知的財産庁への登録が推奨され、技術移転については技術移転法に基づく一定の登録・届出が求められる場合があります。
ロイヤルティと移転価格・税務の連動
親会社が現地法人にブランドや技術をライセンスし、ロイヤルティを受け取る構造は一般的ですが、その料率は移転価格税制の検証対象になります。便益の実在性とロイヤルティ料率の妥当性を文書で説明できなければ、損金否認や追徴のリスクが生じます。IP戦略は、ベトナムの移転価格税制(TP)や法人レベルの課税と一体で設計することが欠かせません。
模倣品・侵害への実務対応
ベトナムでは模倣品(カウンターフィット)が依然として流通しており、ブランドを持つ消費財企業にとって侵害対応は継続的な課題です。実務では、市場調査による侵害の把握、証拠の収集(公証を伴う購入など)、そして行政機関への申立てや税関への水際差止め申請を組み合わせます。
権利登録が対応の前提
行政措置も税関の水際措置も、権利者として登録されていることが対応の前提です。未登録のまま侵害を発見しても、迅速な行政摘発を求めることは難しく、まず自社の権利登録を固めておくことが、いざという時の対応力を決めます。侵害対応を見据えれば、商標・意匠の登録は「コスト」ではなく「保険」と位置づけるべきです。
4つの権利類型の比較(一覧表)
主要な知的財産権を、保護対象・存続期間・登録の要否で整理すると次のとおりです。

権利 | 保護対象 | 存続期間 | 登録 |
|---|---|---|---|
商標 | ブランド標識 | 10年(更新可・半永久) | 必須・先願主義 |
特許(発明) | 技術的発明 | 20年 | 必須・実体審査 |
実用新案 | 簡易な技術的解決 | 10年 | 必須 |
意匠 | 製品の外観デザイン | 5年(最長15年) | 必須・先願主義 |
著作権 | 創作的表現 | 著作者の死後50年 | 任意(証拠力向上) |
ベトナムの知的財産保護は、「先願主義ゆえに早期出願が決定的」「行政措置を軸にしたエンフォースメントが有効」という二点を押さえることが要諦です。商標を進出前に出願し、技術は特許・実用新案で、デザインは意匠で、ソフトは著作権登録で固め、侵害には行政・税関ルートで迅速に対処する——この一連の設計が、ベトナムでの無形資産を守ります。Solara & Coは、進出ストラクチャーの検討段階からのIP棚卸し、出願戦略の設計、侵害対応、そしてM&Aにおける知的財産デューデリジェンスまでを、日越双方の視点で支援します。「ブランドを取られてから慌てる」前に、権利の地図を描くところからご相談ください。とくに製造・消費財・ソフトウェアのいずれの業態でも、進出初期に商標と主要技術の権利を押さえておくことが、その後の事業拡大とブランド価値の保全に直結します。



