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ベトナム法務デューデリジェンス:許認可・契約・係争の確認

ベトナム法務デューデリジェンス:許認可・契約・係争の確認

「契約書のコピーをもらえば足りる」という誤解 — 法務DDの射程

ベトナム企業の買収や合弁を検討する日本企業のなかには、法務デューデリジェンス(法務DD)を「対象会社から契約書のコピーを集め、弁護士にざっと目を通してもらう作業」と捉えている方が少なくありません。しかしベトナムの法務DDは、書類のレビューにとどまりません。会社が適法に成立しているか、その事業を行う許認可が積み上がっているか、土地や契約の権利が本当に対象会社に帰属しているか、そして過去の係争や行政処分が将来の偶発債務にならないか——こうした「権利と適法性の総体」を検証する作業です。

ベトナムでは、事業の根拠が企業登録証明書(ERC)、投資登録証明書(IRC)、業種別の sub-license という階層構造で積み上がっており、その一つが欠けるだけで操業が違法になりかねません。さらに、株式の支配権が移る取引(change of control)には、契約上・行政上の承認が必要になる場面が多く、これを見落とすと買収後に重要契約や許認可を失う危険があります。本稿では、ベトナムの対象会社に対する法務DDを領域ごとに整理し、所見をどのように表明保証・補償・前提条件(CP)・買収価格に翻訳するかまでを実務目線で解説します。

法務DDは、いわば対象会社を中心に放射状に広がる複数の法務領域を一つずつ点検する「ハブ&スポーク」型の作業です。まず全体像を俯瞰しておきましょう。

法務DD領域

確認すべき一次資料

典型的なレッドフラグ

会社組織・株主/資本

ERC、定款(Charter)、株主名簿、出資払込証憑

出資未履行、名義株主、定款と実態の不一致

許認可・ライセンス

IRC/ERC、業種別 sub-license、適合証明

条件付き事業の許認可欠落・期限切れ

重要契約

顧客・仕入・借入・賃貸借の各契約書

change of control 条項、片務的な解除権

不動産・土地使用権

LURC(レッドブック)、抵当登記

残存期間・用途不一致・抵当・譲渡制限

労務

労働契約、就業規則、社会保険納付記録、WP

社会保険未納、無効な就業規則、WP不備

知的財産

商標・特許登録証、ライセンス契約

未登録の主要商標、職務発明の権利帰属

係争・税務争訟・行政処分

裁判所記録、税務決定書、処分通知

係属中訴訟、追徴の前歴、是正命令

環境・消防(PCCC)

EIA、排水許可、消防検査済証

無許可増築、検査未了、是正命令

会社組織・株主・資本の真正性

法務DDの出発点は、対象会社が「適法に存在し、買収しようとしている株式が真正に発行されているか」の確認です。ここが崩れると、その上に積む契約・許認可の検証がすべて空中楼閣になります。

ERC・定款・株主名簿の整合

企業登録証明書(ERC)は会社の戸籍にあたり、商号・本店・代表者・定款資本(charter capital)・出資者構成が記載されます。これを定款(Charter)と株主名簿(member/shareholder register)、出資者名簿と突き合わせ、記載内容が一致するかを確認します。ベトナムでは、ERCの登録事項と社内書類が乖離していたり、過去の増資・持分譲渡が登記未了のまま放置されているケースがあり、これが株式の真正性に疑義を生みます。

出資履行(払込)と株式の真正性

ベトナムの企業法(Law on Enterprises 2020)では、設立後一定期間内に登録した定款資本を払い込む義務があります。実務では、登録資本に対して出資が一部未履行のまま、あるいは現物出資の評価が不透明なまま運営されている対象会社が散見されます。出資が未履行であれば、その持分の効力や議決権に疑義が生じ、買収後に減資や追加払込を迫られることもあります。銀行入金記録・資本勘定の証憑で払込の実在性を確かめ、名義株主(ノミニー)や信託的保有の有無も洗い出す必要があります。

許認可・ライセンスの積み上げ構造

ベトナムの事業許認可は、日本以上に階層的で、複数の許可が積み重なって初めて適法に操業できる構造になっています。法務DDではこの「積み上げ」のどこかに穴がないかを点検します。

IRC・ERCと業種別 sub-license

外国投資が関わる事業では、投資登録証明書(IRC)が投資プロジェクトの根拠となり、その上に会社設立の根拠であるERCが乗ります。さらに、条件付き事業(conditional business lines)——飲食、物流、教育、医療、不動産、特定の製造業など——では、業種ごとの個別許可(sub-license)が別途必要です。IRC・ERCが揃っていても、肝心の業種別許可が未取得・期限切れであれば、その事業は違法状態にあります。許可の名義・有効期限・条件・付帯義務を一覧化し、欠落と更新漏れを洗い出します。

外資規制への適合

WTOサービス約束やCPTPP、投資法(Law on Investment 2020)のネガティブリスト(市場アクセス制限業種)に照らし、対象会社の事業と外資比率が適合しているかを検証します。表向きはベトナム企業として許可を得ていても、実質的に外国資本が支配する「迂回出資」が行われている場合、買収を機に違法状態が顕在化し、許可の取消リスクに直結します。

法務DDで検出される論点のカテゴリ別頻度イメージ(Solara取扱事案ベースの相対頻度)
法務DDで検出される論点のカテゴリ別頻度イメージ(Solara取扱事案ベースの相対頻度)

重要契約と change of control 条項

事業価値の源泉である顧客・仕入・借入・賃貸借といった重要契約は、買収後もそのまま機能し続けるかが論点になります。

change of control(支配権移転)条項

ベトナムの実務でも、銀行借入契約や大口顧客・サプライヤー契約に「支配株主が変動する場合は事前承諾を要する」「変動を解除事由とする」といった change of control 条項が盛り込まれていることがあります。これを見落とすと、株式譲渡の実行と同時に、主要な融資が期限の利益を喪失したり、収益の柱である販売契約を相手方に解除されたりする事態を招きます。重要契約を抽出し、承諾要否・通知義務・解除権の所在を一件ずつ確認することが不可欠です。

解除・競業・独占条項

長期の独占供給義務、不利な価格改定条項、片務的な解除権、過大な違約金、退任オーナーへの競業避止義務の有無も精査します。とくに、退任する創業オーナーが競業避止に縛られていない場合、買収後に同種事業を立ち上げて顧客・人材を引き抜くリスクがあり、契約・SPA上の手当てが必要になります。

不動産・土地使用権(LURC)

ベトナムでは土地は国家に帰属し、企業が保有できるのは「土地使用権(Land Use Right)」です。日本の所有権の感覚で対象会社の「土地資産」を信じると、致命的な誤解を生みます。

名義・用途・残存期間

土地使用権証(LURC、いわゆるレッドブック)で、名義人が対象会社本人か、用途(工業・商業・住宅)が事業と一致しているか、使用期間の残存年数はどれだけかを確認します。年払いリースの土地使用権は譲渡・担保差入れに制約があり、残存期間が短ければ事業計画の前提が崩れます。

抵当・譲渡制限

土地使用権や工場建物が銀行融資の担保として抵当に入っているのはベトナムでは一般的ですが、それが開示資料に正確に反映されていないことがあります。抵当登記を直接照会し、設定された担保物権・二重差入れ・譲渡制限の有無を一次情報で押さえます。

労務・知的財産

人と無形資産に関する適法性も、買収後の偶発債務に直結する重要領域です。

労働契約・就業規則・社会保険

労働契約の類型(無期・有期)、就業規則(10名以上で登録義務)、賃金規程の適法性を確認します。とりわけ社会保険・医療保険・失業保険の納付は、申告人員と実人員の乖離から未納が積み上がりやすく、株式譲渡では会社ごと買主に承継されます。納付記録と給与台帳を突き合わせ、未納・追徴リスクを定量化します。

外国人就労(WP)と知的財産

外国人従業員の労働許可(Work Permit)と一時居留許可(TRC)の有無・有効期限も確認対象です。知的財産では、主要な商標・特許がベトナムで正しく登録され対象会社名義になっているか、職務発明やソフトウェアの権利が会社に帰属しているか、ライセンス契約が change of control で失効しないかを精査します。未登録の主力ブランドは、第三者の先願登録によって使えなくなる危険があります。

係争・行政処分と環境・消防コンプライアンス

過去と現在の紛争・行政処分は、将来のキャッシュアウトに直結する偶発債務です。あわせて、製造業・倉庫・店舗を持つ対象会社では環境・消防の適法性が操業継続の生命線になります。対象会社の自己申告だけに頼らず、外部記録の照会を組み合わせます。

訴訟記録の照会手法

係属中・過去の民事訴訟、労働紛争、商事仲裁の有無を、対象会社からの開示に加え、裁判所記録の照会や現地ネットワークを通じた調査で裏取りします。係争金額・勝敗見込み・和解状況を把握し、重大なものは買収価格や補償の対象に織り込みます。

税務争訟・行政処分の前歴

税務当局との争訟、追徴課税の前歴、移転価格に関する指摘、労務に関する行政処分・是正命令の履歴を確認します。過去に是正命令を受けた事項が未完了であれば、買収後に承継した買主が責任を問われます。

環境(EIA・排水)の適法性

環境影響評価(EIA)や環境許可、排水・廃棄物処理の許可が事業実態に合致しているか、認可された生産能力を超えていないかを確認します。無許可の増築や用途外利用は、買収後に操業停止命令や多額の是正費用として顕在化します。

消防(PCCC)検査

消防(PCCC)の設計審査・検査済証の有無は、ベトナムで近年取り締まりが強化されている領域です。検査未了や是正命令の放置は、操業停止に直結する重大なレッドフラグとして扱います。

主要な許認可・承認の取得・変更に要する標準期間イメージ(単位:週)
主要な許認可・承認の取得・変更に要する標準期間イメージ(単位:週)

所見を表明保証・補償・CP・価格に反映する

法務DDの所見は、報告書に列挙して終わりではありません。発見したリスクを取引条件に翻訳して初めて、買主の保護になります。

表明保証・補償・前提条件(CP)への落とし込み

確認しきれない事項や潜在リスクは、売主の表明保証(レップ&ワランティ)でカバーし、違反時の補償条項・補償上限・存続期間を設計します。重大な許認可の取得・更新や、change of control 承認の取得、是正命令への対応は、クロージングの前提条件(CP)として実行前の充足を求めます。回収を担保するためエスクローや一部支払いの留保、アーンアウトを組み合わせることもあります。

価格・ストラクチャーへの反映

定量化できる偶発債務(社会保険未納、追徴税、是正費用)は買収価格の減額に反映し、遮断したいリスクが大きい場合は、株式譲渡ではなく事業譲渡で承継範囲を限定する設計を検討します。法務DDの真価は、「この会社を買うべきか」だけでなく「どの条件・どの形なら安全に買えるか」を示すことにあります。

Solara & Coの一貫支援 — 権利と適法性を裏側まで

ベトナムの法務DDは、許認可の積み上げ構造、change of control 承認、土地使用権の制度差、外部記録に頼る訴訟照会といった、ベトナム特有の難しさを伴います。日本の感覚で「契約書を見れば足りる」と判断することが、最大の落とし穴です。

Solara & Coは、日越双方に拠点と専門家ネットワークを持ち、会社組織・株主の真正性確認から、許認可・契約・不動産・労務・知的財産の点検、係争・行政処分の照会、そして所見の表明保証・補償・CP・価格への落とし込みまでを一貫して支援します。「買えるか」ではなく「どう買えば安全か」まで描き切ることが、ベトナムM&Aの成否を分けます。まず対象会社の権利と適法性を確かめる一歩から、ご一緒します。

FAQ

よくある質問

ベトナムの法務DDでは具体的に何を確認するのですか?

会社組織・株主/資本の真正性(ERC・定款・出資履行)、許認可・ライセンス(IRC/ERCと業種別sub-license、外資規制適合)、重要契約のchange of control条項、不動産・土地使用権(LURC)、労務・社会保険・労働許可、知的財産、係争・税務争訟・行政処分歴、環境・消防(PCCC)まで、権利と適法性を放射状に点検します。書類レビューだけでなく一次資料と外部記録の照合が要です。

なぜベトナムでは許認可の確認が特に重要なのですか?

ベトナムの事業根拠はIRC・ERC・業種別sub-licenseという階層構造で積み上がっており、条件付き事業ではどれか一つが欠けるだけで操業が違法になりかねません。IRC・ERCが揃っていても業種別許可が未取得・期限切れであれば事業は違法状態です。許可の名義・有効期限・条件・外資規制適合を一覧化して欠落を洗い出す必要があります。

change of control(支配権移転)条項とは何が問題ですか?

銀行借入や大口の顧客・サプライヤー契約に、支配株主の変動を事前承諾事由や解除事由とする条項が入っていることがあります。見落とすと株式譲渡の実行と同時に融資が期限の利益を喪失したり、収益の柱の契約を解除されたりします。重要契約を抽出し承諾要否・通知義務・解除権を一件ずつ確認し、必要な承認はクロージングのCPに据えます。

係争や行政処分の前歴はどう調べるのですか?

対象会社の自己申告だけに頼らず、裁判所記録の照会や現地ネットワークを通じた調査で、係属中・過去の民事訴訟・労働紛争・商事仲裁を裏取りします。あわせて税務当局との争訟・追徴の前歴、環境・消防・労務の行政処分や是正命令の履歴を確認します。未完了の是正命令は買収後に承継した買主が責任を問われるため、価格や補償に織り込みます。

法務DDの所見はどのように取引条件へ反映しますか?

確認しきれない潜在リスクは売主の表明保証でカバーし、補償条項・上限・存続期間を設計します。重要許認可の取得・更新やchange of control承認、是正命令への対応はクロージングの前提条件(CP)として求めます。定量化できる偶発債務は買収価格の減額に反映し、遮断したいリスクが大きければ事業譲渡で承継範囲を限定する設計も検討します。

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